ご懐妊!! 第13話 エピローグ~私と彼が結婚した理由~

OLの佐波は、苦手な超イケメン鬼部長・一色とお酒の勢いで一夜を共にしてしまう。しかも後日、妊娠が判明!
迷った末、彼に打ち明けると「産め!結婚するぞ」と驚きのプロポーズ!?
仕事はデキるけどドSな一色をただの冷徹上司としか思っていなかったのに、家では優しい彼の意外な素顔に佐波は次第にときめいて…。
順序逆転の、運命の恋が今始まる!

木曜日、私とみなみは無事退院した。

退院診察は異常なし。みなみは少し黄疸(おうだん)が出ているので、ミルクを足して一週間後にもう一回受診することになったけれど、これも問題ない範囲らしい。

迎えに来た部長と、車に荷物を積み込み、挨拶にとナースステーションに向かう。

銀縁メガネ先生こと佐藤先生も、ナースステーションで待っていてくれた。看護師長の天地さんはお休みだったけれど、時田さんは出勤している。

「お世話になりました」

「退院おめでとうございます。育児、頑張ってくださいね」

佐藤先生はニコニコ笑って、みなみの頭を撫でてくれた。時田さんが私に近寄ってくる。

「母乳に不安があれば、いつでも助産師外来を訪ねてください」

「はーい、ありがとう、時田さん。……あ、そうだ。一緒に写真撮ってくださいよ」

時田さんはわかりやすく嫌な顔をした。そんな反応は想像していたぜ、シャイガール!

私は彼女の腕をがっちり掴み、佐藤先生とみなみを抱いた部長と並び、看護師さんにシャッターボタンを押してもらった。

「写真できたら、持ってきますね」

「どうも……」

私がニヤニヤ笑っているのを、時田さんは恨めしそうに見ていた。ふふふ、最後にちょっとだけ勝った感。

「本当にお世話になりました!」

私たちは産院のスタッフに見送られ、正面玄関から外に踏み出した。

一週間のうちに、外は真夏に季節を変えていた。熱風に近い風が私とポンちゃんに吹きつけた。あまり屋外に長時間はいられない。

 

 

部長の運転で自宅マンションに帰り着く。

「みなみ~、おうちだよ~」

玄関に入り、眉をひそめる私。むむ?なんの匂い?

キッチンやダイニングテーブルには、調理の準備段階の食材が、ところ狭しと置かれている。

「ゼンさん、これって」

後ろを振り向くと、部長が言った。

「今日の夕飯は俺が作るからな。おまえは、みなみとのんびりしてろ」

おお!ほら来たサプライズ!でも、まだ午前中だ。今から準備するの?

パンで軽く昼食にしたら、彼は早々に、夕飯作りに取りかかった。私はみなみに授乳すると、やることがなくなる。今日はどうにも手伝わせてくれないムードだ。

「みなみ、パパ頑張ってるよ」

みなみは私の腕の中でスヤスヤ寝ている。そっとみなみをリビングのベビーベッドに寝かせると、私も猛烈に眠くなってきた。

キッチンからは、部長がなにかを切る音。リズミカルではないものの、その音は子どもの頃を思い出させた。

学校から帰ってきて、宿題を済ませて転がっていると、キッチンから聞こえる母の調理の音。料理の音は家庭の音だ。すごく安心する。

私はソファでウトウトとうたた寝をしてしまった。

 

 

次に気づいたのは、十七時近くだった。

外は日が高く、まだまだ夏の夕暮れは訪れない。明るいリビングで目覚めた私は、時間の感覚が麻痺し、奇妙な世界に迷い込んだ気分だった。

見ると、部長がみなみを抱いている。なにを話すでもなく、抱っこで軽く揺すりながらリビングを歩いているのだ。

みなみは泣きもせず、じっと彼を見つめている。私はソファに転がったまま、ふたりを見守った。

ああ、このふたりは確かに親子だ。似ているとかではない。ふたりはあるべくして、そうしているように見えた。

私が産んだ子を、私の夫が抱いている。幸せな幸せな光景。ふたりがキラキラ輝いて見える。今さらながら、感動で涙が滲む。

「ママが起きたぞ、みなみ」

部長が私の目覚めに気づいた。私は目頭の涙を拭って、身体を起こす。

「みなみに授乳してやってくれ。いい子で待ってたんだ」

「起こしてくれてよかったのに」

「みなみが、『ママを起こしたくない、パパと待つ』って言うからな」

もう親友のようなふたりに、私はニヤッと笑う。

「お、気遣いのできる女子」

「だろ?俺の子だから賢いんだ」

部長のらしくないパパ発言が面白くて、笑ってしまう。

きっと、彼はもっともっと親バカになっていく。彼を知る人間からは想像もつかないくらいのモンスター親バカになりそうだ。

「夕飯できてるぞ。昼、軽かったし、授乳が終わったら、もう飯にしないか?」

「ええ、喜んで」

部長の作ってくれた夕飯は、豪華なラインナップだった。

アクアパッツァ、ボンゴレスパゲッティ、シーザーサラダ、カプレーゼ。それに、なぜか煮物やお新香、揚げ出し豆腐なんかが並んでいるあたり、彼は私が和食党だと思っているのだ。体重管理で和食ばっかり食べていたからなぁ。

「母乳が詰まるとか……心配なら、無理して食べなくていいぞ」

「こんなおいしそうなのを見て食べないなんて、無理!私、割と詰まりづらいほうみたいなんで、大丈夫です!」

「それじゃ、がっつり食べてくれ。俺からの慰労だ」

慰労のため、一日がかりでごはんを作ってくれるなんて思わなかった。

私たちは向かい合って夕食にした。料理はどれもおいしくて、彼の熱心な努力が感じられる。

みなみはおっぱいを飲んでご機嫌ではあったけれど、ときどき「あー」と私たちにアピールするように声を上げる。

そのたび、私はみなみを抱き上げ、ふたり交代で抱っこしながらごはんを食べた。ときには授乳も挟んで、夕飯は長くかかった。

三人の食卓。夢みたい。すごく楽しい夕飯だ。

ようやく食事が終わり、私たちはふたりでお茶を飲む。みなみは騒ぎ疲れたのか、ベビーベッドでぐっすり眠っている。ようやく夫婦の時間だ。

「ゼンさん、今日はありがとうございました。ごはん、おいしかったです。洗い物もやらせちゃって、ごめんなさい」

「俺は、あんまり家事育児に参加できる父親じゃないかもしれない。だから、やれるときは徹底的にやる」

「気持ちだけで嬉しいですよ」

部長の優しさは充分に伝わってくるし、先のことまで考えてくれているんだなと嬉しい。すると、彼があらたまった表情で私を見つめた。

「あのな、佐波」

「はい?」

部長が立ち上がった。椅子に座る私の前にやってくると、片膝をつく。何事だろう。

「どうしちゃったんですか?急に」

「きちんとしたいんだ」

「なにをですか?」

聞き返す私に、彼が緊張感ある低い声で答える。

「プロポーズ」

「え!?」

思わぬ言葉に頓狂な声が出てしまう。部長の瞳はまっすぐで熱心だ。

「みなみができたときは、上司命令みたいな言い方をしてしまったからな。きちんと好きな女へのプロポーズをしたい」

驚く私の手を取って、彼は言う。

「佐波、遅くなったけれど、言わせてくれ。俺と結婚してください」

「ゼン……さん……」

「この先もずっと、死ぬまで一緒にいてください。俺は、仕事ばっかりでみなみに寂しい思いをさせるかもしれない。気が利かなくて、おまえにも面倒をかけるかもしれない。でも、おまえとずっといたい。佐波とみなみと、いつか産まれるみなみの弟か妹と、みんなで幸せになりたいんだ」

この人は、なんて律儀なんだろう。そして、なんて心が温かいんだろう。

涙が出てきた。これが一番のサプライズじゃないの。

私は恥ずかしくて、嬉しくて、涙ぐみながら照れ隠しに笑った。

「みなみの弟、妹なんて……気が早いなぁ」

「家族を増やしたいんだ。おまえも俺も、兄弟がいないだろう?だから、みなみにはたくさん弟や妹を作ってやりたい。うるさいくらいにぎやかな家族にしたい。おまえが子どもたちを追いかけ回すのを見たい。みんなでわいわい食卓を囲みたい。もし、俺かおまえのどちらかが先にいなくなっても、幸せだって胸を張れる家族を作りたい」

父親を亡くした彼の望み。遺される不安と悲しみに誰も沈んでしまわないように。

この人を知った今なら、その気持ちが痛いほどわかる。

「俺とおまえなら、そんな家族が作れるんじゃないかな」

部長は私をまっすぐ見つめて話す。

突如やってきた赤ちゃんが、上司と部下だった私たちを結んでくれた。

私たちふたりは家族になり、そしてメンバーは三人に増えた。彼はもっともっと絆を、愛を増やしたいんだ。そんなふうに思ってくれることが嬉しい。

責任を取るための結婚。命を肯定するための出産。最初はそんな理由だった。

今、すべてを超えて、私たちは本物の家族になったんだ。

「はい」

私は腰を上げ、部長も立ち上がる。間近く彼を見上げ、答えた。

「私たちなら作れます。そういう幸せな家族。ずっと、ずっと、ゼンさんの奥さんでいさせてください」

部長が私を勢いよく抱きしめた。私も彼の首に飛びつくように腕を回す。

「佐波、愛してる!幸せになろう!」

「ゼンさん、私も愛してます!私、みなみを産んでよかった!ゼンさんと結婚してよかった!」

未来を懸けて選んだこの道は、間違いじゃない。自信を持って大正解だって言える。

私は愛する人の妻になり、愛する娘を産んだ。

そして、私たち家族はスタートを切ったばかりだ。

私と部長は何度もキスを交わし、いつまでも抱き合っていた。愛と幸福が世界の隅から隅までを埋めていた。

ふと、気づく。ベビーベッドのみなみが目を開けてこちらを見ている。

私と目が合うと、プイとよそを向いた。

その顔は大人びた、すまし顔で『見ないフリしてあげるわ』なんて言っているように見え、私は思わず吹き出した。

 

「ご懐妊!!3~愛は続くよ、どこまでも~」はコチラから

 

この記事のキュレーター

砂川雨路

新潟県出身、東京都在住。著書に、『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)『僕らの空は群青色』『ご懐妊‼』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト『Berry’s Cafe』『ノベマ!』にて執筆活動中。


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