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豪田トモ「『親を選んで生まれてくる』と考えると、すべてが変わる」 〜命と家族について考えようVol.3〜

「子どもは親を選んで生まれてくる」という胎内記憶をモチーフに、4組の夫婦の物語を通して「自分たちが生まれてきた意味」や「家族の絆」「命の大切さ」「人とのつながり」を考えさせられるドキュメンタリー映画『うまれる』。シリーズ2作目『ずっと、いっしょ。』に続き、3作目に向けて動き出した豪田トモ監督は、現在、保育園に通う娘の育児に積極的に関わっている。そんな豪田監督に、ご自身の出産・育児経験も含めて、「命」や「家族」について語っていただきました。

第3回目となる今回は、映画『うまれる』のモチーフとなった胎内記憶についてのお話です。

赤ちゃんは親を選んで生まれてくる!?

僕は、映画『うまれる』シリーズに取り組んでいますが、特に1作目は、胎内記憶をモチーフにして作っています。胎内記憶とは、おなかの中にいたときの記憶や、お母さんのおなかの中にくる前の記憶のことで、ある研究結果では、3歳くらいまでの子どもの約3割が記憶を持っているといわれています

僕自身、この胎内記憶ということに関して知ることになったのは、産婦人科医の池川明先生に出会ってからです。「雲の上から赤ちゃんは親を選んでくるんですよ」といった話を池川先生から最初に聞いたときは、ぜんぜん心に響きませんでした。「冗談じゃない。赤ちゃんが親を選んで生まれてくるわけないじゃん」って思ったくらいです(笑)。

それまでは、「子どもは親を選ぶことができない」といった、一般的な考え方を当たり前だと思っていました。僕自身、親と仲が良くなかったというか、親子関係がうまくいっていなかったということもあって、僕は自ら望んで産まれてきたわけじゃない、むしろ、親の都合で勝手にこの世に生まされてしまった、と思っていました。

そんなこともあって、胎内記憶の話を池川先生から聞いても、「ずいぶんスピリチュアルで、なんだか怪しい話だなあ……(苦笑)」という感じだったんです。

でも、これまでずっと親との関係に悩んでいたが故に、「万が一、池川先生が言うように、僕が親を選んで生まれてきたとしたら、どうなんだろう?」と考えてみたのです。

 

自分も親を選んで生まれてきたと考えてみる

その頃、僕は29歳。ちょうど、親との関係をどうしたものかといろいろ悩んでいた時期でもあり、10年間交際を続けた女性と結婚後、約3年で離婚をしたばかりでした。

そして、その離婚の遠因には何か、親との関係がありそうな気がすると、直感的に思っていました。

だからこそ、単なる怪しい話だと片づけてしまうことができず、少しだけ、どこか心の片隅にひっかかるところがあったのだと思います。

当時、僕にはまだ子どもがいなかったのですが、もし、本当に「自分が親を選んで生まれてきたのなら、どうなんだろう」と、考えてみたのです。 すると、これまで、「僕はこの世に生まれ出ることは自分で選べないもの」だと考えてばかりだったのではないか、そして、知らず知らずのうちに、自分の生き方そのものが“他人本位”になってしまっているんじゃないかと気づいたのです。

何かうまくいかないことがあると、「親が悪い」と考えていました。さらに、親が生んだ「この社会が悪い」「この国が悪い」「この国の政治が悪い」などなど……。

すべての責任を他人に転嫁してしまっていたんですよね。 ところが、「自分が親を選んで生まれてきた」とか、「自分が決めて生まれてきた」というふうに逆の発想でものごとを考えられるようになると、主体的にものごとを捉えることができるようになります。

すると、ネガティブなことに対する責任の一端は、自分にもあると思えるようになりました。それまでは、思い通りにいかないことは、すべて他人のせいにしていましたが、変わることができたような気がします。これは、僕にとって大きな転換点になったのは間違いありません。 胎内記憶について取材中の豪田監督 写真:胎内記憶について取材中の豪田監督

 

胎内記憶の話は、真実かどうかは重要ではない

さらに、池川先生は、こう言いました。 「実は、親の役に立ちたいと思って生まれてくる赤ちゃんもいるんですよ」 そんなことを言われても、自分自身は親の役に立ったことなんて一度もないし、自分が親に愛情表現をしたなんてこともないなあ、と。

結局、胎内記憶が“真実かどうか”ということはわからないけれど、僕が、親に対して、何ひとつ愛情表現をしてこなかったというのは、紛れもない事実でした。

それから、「うまれる」ということをテーマにした映画を作ってみたいと思うようになったのです。それが、映画『うまれる』の構想を広げていくキッカケでした。

そういうこともあって、特に1作目の冒頭では、CGで赤ちゃんが生まれるまでの軌跡を胎内記憶をモチーフにして制作しています。

実際に、胎内記憶を話す子どもたちのインタビュー映像も入っています。 ただ、子どもが親を選ぶといった、胎内記憶の話が真実であるかどうかということは重要ではありません。胎内記憶の話というのは、物事の捉え方を大きく変えてくれるためのいいツールであると考えています。 出産を撮影する豪田監督 写真:不妊治療の現場を撮影する豪田監督

 

胎内記憶は、捉え方を変えてくれる

「赤ちゃんは親を選べない」と思っていたのに、「もし、親を選んできたのであればどうなんだろう?」と考えてみたところ、僕は人生というか、物事の見方が180度、変わりました。

同じような経験をした人というのは、僕以外にもたくさんいらっしゃいます。

例えば、なかなか子どもを授からないご夫婦がいたとします。そんな時、子どもが親を選ぶのであれば、「私はまだ、選んでもらえないのかしら?」と思ってしまうかもしれませんが、なかなか子どもを授かることのできないママが、実は“子どもを産まない”という人生を選択してこの世に生まれてきたのかもしれない。そう考えたら、ただ思い詰めるだけではなく、少しは気楽に構えるようになれるのかもしれません。

何か神様みたいな存在に、「キミは前の人生(前世)が大変だったから、今回は子どもを育てる苦労を経験しないくてもいいんじゃない?」というふうに言われて生まれてきたのかもしれない。

そして、「子どもを産み育てるという仕事ではなく、今回は、社会のなかで違う形で頑張って貢献して欲しい」と言われたのかもしれないし、そう自分で決めてきたのかもしれません。

子どもが欲しいのに、なかなか授かることができないといったことをはじめ、妊娠・出産に関しては、いろんな辛いことに直面することもあると思います。

それをどう自分で昇華して乗り越えていくのか。すべてが、“捉え方”や“考え方”の問題なんだと、僕は思っています。

この世の中というのは、生きていれば、僕らの都合のいいようにすべてのもの事が運んでいってくれるとは限りません。むしろ、うまくいかないことのほうが多いでしょう。

そんな時に、自分を助けてくれるのが、こういった捉え方、考え方の転換なのではないでしょうか。そのことに大きく気づかせてくれたのが、「胎内記憶」だったと僕は思っています。

この記事のキュレーター

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映画監督・豪田トモ(ごうだ とも)。1973年東京都生まれ。6年間のサラリーマン生活を経て、29歳でカナダのバンクーバーにわたり、4年間長年の夢だった映画製作の修行をする。帰国後、フリーランスの映像クリエイターとして、テレビ向けドキュメンタリーやプロモーション映像などを制作。2010年、「命の原点」を見つめて家族の絆や生きることを考えるドキュメンタリー映画『うまれる』が公開され、2014年、同シリーズ2作目となる『ずっと、いっしょ』も公開された。著書に『うまれる かけがえのない、あなたへ』(PHP出版)、『えらんでうまれてきたよ』(二見書房)がある。現在、6歳になる娘の父。映画『うまれる』公式サイト(http://www.umareru.jp/)
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